TopicsEssay

20代で直面した難局


多くの人が家族とゆっくり過ごす年末年始。こうした時期にも仕事をしてくださっている方々がおられます。ありがたいことです。

私もかつて一度だけ、作曲の締め切りが正月休み明けに設定され、必死で曲を書き続けたことがあります。当時はまだ20代。初めていただいた映画音楽の仕事でした。全部で28曲書いたのですが、休み明けに監督に聴いていただくと、『全部使えない。』と告げられました。思わず天井を仰ぎ、頭が真っ白になりました。映画公開の日程が迫っていることを考えると胃に穴があきそうでした。所属事務所のスタッフも焦り、私の音楽院時代の恩師に連絡を取ってくれて、助け舟を出していただき、この難局をなんとか乗り越えることができたのでした。
今振り返ると、あのとき書いた曲は確かに稚拙で、申し訳なく恥ずかしく思いますが、監督が私を外さずに、最後まで作品に関わらせてくださったこと、助けてくれた恩師、周囲の方々に支えられて前に進むことができ、作曲を生業として今日まで来られたことを、しみじみありがたく思います。

今年はまた一歩、還暦に近づきます。身体をちょっと労わりつつも前へ、成長できる一年にしたいと思っています。

文 中村幸代

MORE TO READ

2023

サンダーソニア

10月のプレート

姿勢を変えて、心と体を整える

自分の心を見つめる

オーケストラとの初共演を終えて~前編~

雪柳

袖擦り合うも多生の縁

2月のプレート