人を大切にするということを
ふと「あの人は今どうしているだろう」と、無性に懐かしく思い出されて会いたくなる人はいませんか?私にとってその人は、小学3年生の時の担任の先生です。今でも年賀状のやりとりは続いていて、自然豊かな長野県にお一人で暮らしていることは知っているものの、20年くらい前に行われた同窓会以来、一度もお会いしていません。
担任をしてくださっていた頃は、おそらく20代か30代の若い男性教員で、休み時間になるとどんな生徒とも仲良く遊んでくださり、シャイな私でさえ先生の足にしがみついて離れないほど、先生のことが大好きでした。「内緒だよ」と言って、チョコレートを使って算数の授業をしてくださったこともありました。給食を食べる時間になると、宮沢賢治の本などを読んで聞かせてくださいましたが、今思えば先生はいつ給食を食べていたのかしら。
いつも静かに微笑んでいて、穏やかにお話される先生でしたが、たった一度だけ厳しく怒ったことがありました。それは、私たち女子のグループで、ひょんなことから「〇〇ちゃんのことが好きか嫌いか、みんなに聞いてまわろう」ということになったのです。遊び半分の浅はかな思いつきでしたが、そのことが先生の耳に入り、怖いというか悲しい顔をされて「そんなことをするな!」と厳しくおっしゃったのです。大好きな先生に叱られた私たちはガックリ落ち込んで、だからこそ人を傷つけるようなことはしてはいけないということを学びました。
クラスには知的障害を持つ“あっくん”という男の子がいましたが、休み時間にはみんな自然とあっくんの周りに集まって、あっくんもいつも笑っていました。先生があっくんのお母さんと放課後、度々長くお話されていたことも覚えています。先生が、「ひとを大切にすること」「ひとに優しくすること」を身をもって教えてくださった・・・。年を重ねるほどに、先生が与えてくださったものが尊くかけがえのないものだったことを思い、胸が熱くなります。先生は今頃どうしているのだろう。そうだ、先生が教えてくださった大切なことを、何十年経った今でも私は大切に思っているということを、感謝をこめて手紙に綴ろう!あの遠い日の、先生の穏やかな微笑みを思い浮かべながら。
文 中村幸代