TopicsEssay

大原治雄という写真家

2017.12
文:中村幸代


たまたま目にしたニュース番組で、大原治雄(おおはらはるお)という写真家を知りました。彼は、17歳で農業移民としてブラジルに渡り、その地で同じ日系移民の日本女性と結婚。9人の子供を育てながら農地を開拓し、やがて写真に目覚め、愛する家族や自らが汗を流して開拓したブラジルの大地をフィルムにおさめた人です。
番組で紹介されていた数枚の写真がとても印象に残り、数日後、一人で写真展へ出かけました。
新しい土地を開拓することは、簡単な労働ではないはず。けれど、その日常を切り取った写真には、愛や生きる喜び、自然への感謝の気持ちが写しだされていました。共に開拓をする仲間との休憩時間の一コマや、無邪気な子供の農具を握る姿。中でも最も心に残ったのは、母国を離れ、地球の裏側ほど遠い国にあって共に子供を育て、日々を重ねた妻との写真。タイトルは[銀婚式]。画面の大半を占める大空、寄り添う二人の後ろ姿が、逆光で撮られているモノクロ写真です。大きな大きな空に包まれながら、大地にしっかりと足をつけて寄り添う小さな二人の影は、これまでの苦しみも悲しみも喜びも、様々な時間のひだに織り込まれた感情が、ただ生かされてきたことへの感謝へと浄化されていくかのような光景でした。
大原治雄さんは、こんな言葉を残しています。『昨日まいた種に感謝。今日見る花を咲かせてくれた』
やがて妻を看取り、その深い悲しみの中、子供たち一人一人にアルバムを作り贈ったそうです。そしてブラジルの地で人生を全うしました。

与えられた状況の中で最善を尽くし、真面目に生きた人の目線は、どこまでも暖かく、ただここに生きていることへの希望を感じさせてくれるものがありました。

文・中村幸代





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