退屈について

好きなもの、心ときめくものに出逢いたい。
そんな思いを抱くこと、ありませんか?
平和な日常を許されているからこそ、それを望むのであって贅沢なことなのかもしれません。でも、何かに夢中になっている人、ワクワクしながら新しいことにチャレンジしている人を見ると、ちょっと羨ましいなと思ったりしませんか?
最近『暇と退屈の倫理学』という本を読みました。その本には、「満たされているはずなのに退屈している自分がいる」というケースが挙げられていました。
退屈。つまり、ときめいたり、ワクワクすることがない。いつもいつも退屈ではないにしても、ふとした時に、どこか不完全燃焼のようなモヤモヤした気持ちがわいてきて、こんな自分で良いのだろうかと自問自答する。仕事や子育てに翻弄されて忙しかった時とは全く違う感覚。ではなぜ、ときめきやワクワクが減ってしまったのか。
これは私自身の反省ですが、年齢を重ねてきて、いろいろなことを見聞きするうちに「わかった気」になってしまっているのではないかと思ったのです。それから“慣れ"による「あたりまえ」という、感謝の足りない感覚。こうした先入観や感謝のなさが、心のセンサーを鈍くして、ときめきやワクワクから自分を遠ざけているのではないか。
考えてみれば自分にとって世の中は、まだまだ「わかっていないこと」だらけです。そこに少しずつ、素直に興味を持ってアプローチしていきたいと思います。そして、今日の夜ご飯が美味しかったとか、友達からのLINEが嬉しかったとか。どんなことでも、自分の“今“に訪れることに感謝して、好きなこと、心ときめくこととの出逢いも楽しみにしながら、日々を重ねていけたらいいなと思っています。
あなたにも、ワクワクする出逢いが訪れますように……。
文 中村幸代






