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ブラジルの居酒屋で日本人大学生の男女が感じた、他の客からの怪訝な視線。その視線の理由が、人種偏見的なものではなく、身なりや服装でもないとすると・・・。
その場にいたわけではないので断定はできないが、おそらく《子供に見えた》ことが原因だろう。ブラジル人から見れば、二人とも実年齢より幼く見られるのはほぼ間違いない。特に彼女の方は小柄であることもあり、一見ブラジルの小学生と見られてもおかしくない。すなわち、小学生高学年ぐらいの女の子が上唇に泡をつけながら生ビールをグイグイ飲んでいるという絵図である。そりゃ見るなという方がムリな注文である。
スポーツの国際大会などで、貫禄十分の外国人選手が弱冠22歳と知ってびっくりすることがあるが、相対的に日本人も含め東アジア系の人々は年齢より若く見られることが多い。その原因には、外国人と比べてシワや目のクマが出来にくい顔や肌の構造的な違いなどが考えられるが、女性ならばスキンケアやメイクの力もあなどれないだろう。ブラジルでも都市部を中心に、近頃はメイクをする女性が増えているものの、その多くは目元と口元だけでフルメイクとなればよほどの勝負時でない限りお目にかかれない。
それよりも見逃せない要素は、年齢に対する意識の違いが大きいように思う。その人が何者であるかは何歳であることとは関係ないとする国や地域が多い中で、日本の様に相手を品定めする時
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のモノサシとして年齢を重要視する国は珍しい。ましてや日本の“若さ信仰”は、他の追随を許さず突出している。近頃は吹き荒れるアンチエイジングの嵐のなか美容と健康の両翼から攻めたてられて、ほとんど脅迫観念の域まで達しているような気がする。欧米や中南米諸国では、むろん若さに対する価値は意識されているものの決して日本ほど高くない。そもそも「キレイに見られたい」という感覚と「若く見られたい」という感覚は、必ずしもリンクしない。キレイでありたいとする気持ちは普遍なれど、それは歳相応の美しさであって、若くいようとすることとは別物といった考え方である。
休暇で日本に一時帰国していた40代後半の同僚の女性は、こう嘆いていた。
「ブラジルでは20代後半と思われることもあるのに、日本に帰った途端に誰もが中年女性扱いで、自分がオバサンであることを思い知らされてなんだかガックリくる」
少しムシの良いこの話、竜宮城での楽しい日々から故郷に帰って玉手箱を開けるとおじいさんになったとする浦島伝説を思い出させる。昔々遭難漂流し異国で長年暮らしていた漁師が、故郷に帰った途端に向こうでの若造扱いから一転して日本ではおじいさん呼ばわりされでショックを受ける。この寓話の元ネタは意外とこんな話も関係しているかもしれない。
青山計一(あおやまけいいち)
1964年生まれ。20年以上世界各国で生活し、現在ブラジルに暮らす。
「喫茶みどり―ブラジル支店―」では、文化・生物・社会など、様々な「多様性」をテーマに、海外の生活情報をお届けします。
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